習得困難だったバイオリン奏法は技術の習得に役立った

小学生のころ、音楽が好きだった祖父から誕生日に、鈴木バイオリンをプレゼントされました。
同時に祖父は、私を音楽教室に通わせるよう、手はずを整えてくれました。

祖父の弾くバイオリンの不思議な音色に魅せられていた私に、このふたつの贈り物は生涯でも最高にうれしいものでした。
バイオリンという美しい楽器と、弾き方を教えてくれる厳しくも優しい先生との出会いが、そこにあったからです。

先生は、女性としてはじめて東京大学で自然科学系の博士号を取得されている才媛と後で聞かされましたが、
学生オーケストラでコンサートマスターを務めるほどバイオリンにも造詣深く、
バイオリンという楽器そのものについて、何も分からない私に一から教えてくれました。

私は次第に、先生の弾く練習曲に魅入られ、あるとき先生にこういったことがあります。

「先生。そんなに上手くバイオリンが弾けるようになるなら、僕は人生をささげても構いません!」
と、まるで天才少年みたいなことを言ってしまったのです。

すると先生は、にべもなくおっしゃいました。

「○○君。そんなことを軽々しく言うもんじゃないですよ。いいですか、バイオリンという楽器を自由自在に弾けるようになるために、実際に人生をささげた人がどれだけいると思って。それでも満足できずに悩んでいる人が、世の中にはたくさんいるの。私がそうよ」

この言葉は、小学生だった私をも身悶えさせるほど、天啓に満ちたものでした。先生ほど上手に弾けてもなお、悩みってあるんだ、バイオリンはそこまで難しい楽器なんだと、子供心に直感として理解できたんです。

子供の頃から内気だった私はその時、先生に言った言葉に自分で恥じ入りました。
子供の自分には知りもしない世界がある。
人生をささげるなんて、自分には出来もしないのに、そんなことを軽々しく言い放ったことを、その時ほど後悔したことはありませんでした。

先生からは、何度も何度も叱られました。
あるときは、クレッシェンドがどうしても上手く出来なくて、先生の怖い顔に思わず、泣き出したこともありました。

しかし、私がバイオリンを習ったのは結局、小学生のときだけで、中高から音楽とは無縁の一貫校に進むと、いつしかバイオリンは見るだけ、聞くだけの楽器に変わりました。

中高では進学準備に忙しく、大学は音楽とはまるで関係のない技術系でした。

しかし、技術の習得にはどこかで、バイオリンの練習に通じるものがありました。
人生をささげても、それでも満足の行くものは到底、作り出せないかもしれないという点です。

それでも無心に練習した先に、ちょっとの進歩があるとすごく嬉しい。
それをよすがに頑張る。
技術の習得プロセスも、まるで同じでした。

大学の製図室で、バイオリン教室での光景を想起することは、一再ではなかった。
バイオリンと同じに、歯を食いしばって、頑張れました。

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